かつらぎ町観光協会
 
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平安中期から継承されている田遊びのひとつで田の神を
信仰し田を護り、先祖を敬い一年の豊作を祈願する古式
ゆかしい民俗芸能で、年の初めに収穫を予祝するために
行われます。
春の田ごしらえの田打ちから、田植え、田刈、もみすり
までが古風な歌と踊りを格調高く振り付け演じられます。
現在は隔年ごとの旧暦の正月8日に近い祝祭日に奉納
公開されています。(遍照寺)
かつらぎ町観光協会
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かつらぎ町花園 遍照寺
たいまつ押し
<県指定無形民俗文化財>
平安時代からとされる「花園の御田舞」の鬼定め(役決め)
完了の祝と共に一年の厄落としと翌年の豊作祈願をする
火祭りです。
若い衆20〜30名が音頭取りの祝い唄の囃子によって大松明
を担ぎ上げ境内を3遍ねり(押し)廻します。これが「押す」
であり、神しずめの行事で毎年大晦日の夜に行われます。
(下花園神社)
花園の由来/御田舞・仏の舞について
「紀州花園村の昔話
<県指定無形民俗文化財>
仏の舞
仏の舞は平安時代から始まったと言われ、遍照寺に伝承された仏教の
古典芸能で、法華経の五の巻「提婆達多品」(だいばだったほん)
第十二にある女人成仏をテーマとした全国でもめずらしい舞踏劇です。
そもそも旧暦十月閏月の年にしか奉納されなかった為、幻の舞とされて
いましたが昭和39年からは古典芸能保存会によってしばしば上演される
ようになりました。次回は平成三十六年十月頃に奉納公開することに
なっています。 
かつらぎ町花園 仏の舞 遍照寺
かつらぎ町花園 仏の舞 遍照寺
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ondanomai

下花園神社
御田舞
<国指定重要無形民俗文化財>
開基は弘法大師で、弘仁6年(815年)大師42歳の時、
道(僧侶)俗(在家)教化のため当地に立ち寄り、椎の木の
下で護摩を焚き、一字の庵を設け厄除けのために地蔵と不動明王を彫り此処に安置したので、厄除け大師と伝えられて
いる。昔飢饉で民が餓死せんとした時、弘法大師が
此の山(遍照寺山)に生えている菜(不蒔菜)を食べよと教え生き延びたことから、山号は不蒔菜山遍照寺という。
神社旗
遍照寺
舞