伊都郡かつらぎ町天野の里

歴史ロマンと信仰の里

 
かつらぎ町天野 天野池
亀田大隅守は、戦国時代の武将で賤ケ岳(しずがたけ)・関ヶ原・
大坂冬・夏の陣に参加し数々の武功をたてた人物で、
浅野家が紀州三十七万石の城主になった時、七千石の家老と
して仕えました。
その後、浅野が広島に転封されたに伴い、東条城一万石の
城主となりましたが、上田宗古と対立し、浪人となり堺に
隠遁(いんとん)し、後、寛永三年(1626年)天野のこの地に
移りました。高野山の花王院の復興や天野の開発に尽くし、
寛永十年八月十三日に亡くなりました。

この碑は、その孫たちにより建てられた顕彰碑です。
かつらぎ町観光協会
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※仏像の写真が飾られています。
約千年前、長者屋敷に住んでいた「阿字の長者」という夫人が
尊い仏様の子供を宿したといわれています。
大切な子であるので、日当たりのよいこの地に居を移し、
胎内一年の後、子(ね)の年、子(ね)の月、子(ね)の日、子(ね)の刻
に男児を生誕したのが、この場所と伝えられています。

七歳になり延命寺で得度、その後関東へ「子の信仰」を広め
子の聖、天野の聖と呼ばれ足跡を残し、最終、飯能市の北部
秩父に天龍寺を建立し、子ノ権現社として祀られています。

この碑は、天龍寺により建てられました。
子の日権現生誕の地
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かつらぎ町天野 天野池

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文学の里
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天野池(ビオトープ…生物生息空間)
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亀田大隅守顕彰碑
かつらぎ町天野 天野池

地元や近隣の人々により建てられた
自作の歌碑の公園です。